サイトのこと

私がこのブログを始めた理由(byまーさん)

こんにちは、まーさんです。

パニック障害、うつ病、ベンゾジアゼピン、減薬、断薬、離脱症状、、、

いまこの記事を読んでいるあなたは、過酷な状況の中、上記のようなキーワードで検索してたどり着かれたと思います。

これまでにもたくさんの情報を探して、いろんなサイトを読んでこられて、いったいどの情報が正しいのか、何を信じていいのかすごく悩まれてるのではないでしょうか。

そもそもこのブログって何を発信しているの?目的は?”

ということを知ってもらえば、これからこのブログ記事を読み進めるときに少しでも安心してもらえるのではないかと思い簡単に概要をお伝えします。

ぜひ、他の記事を読まれる前に一読していただけたら幸いです。

パニック障害のブログを始めた理由

ブログを立ち上げた理由、それは

「パニック障害の患者」と、「それをサポートする人(家族、恋人、友達)」

この2つの目線からの想いを発信する場を作りたい!

と思ったからです。

治療する側と治療される側の配信だけ?

もちろん、パニック障害について書いてあるサイト自体はネット上にたくさん溢れています。

でも「パニック障害」って検索してヒットするのは、精神科・心療内科などの病院クリニックのホームページだったり、製薬会社やメンタルヘルス系のサイトなど、あまり代わり映えのしない似たような内容のサイトが多い印象です。

それとは別に目にするのが「パニック障害と診断された患者さん」が書かれている闘病ブログです。

医療側が発信していること

パニック障害の原因や症状、治療法については詳しく書かれているので、病気について知る最初の一歩には適していると思います。でも、実際に治療を受けている患者さんの病状変化や、その後の経過があまり詳しく書かれていないです。

パニック障害というのは、治療を始めてからどういう風に日常を過ごすのかが大切なはずなのに、運動、食事、睡眠、働き方、休み方などに対しての具体的なアドバイスが少ない印象です。

パニック障害本人が発信していること

一方で、パニック障害闘病中の人が書かれているブログは、自分が飲んでいる薬の種類や、投薬を続けながら日常生活を送っている様子、身に起こるさまざまな症状、周囲に理解されない苦しさ等。

リアルな気持ちが綴られているので、闘病中の人の気持ちを知ることができます。読めば読むほど辛さが伝わってきて、いかにこの病気が苦しいものなのかが伝わってきます。

でも、実際にパニック障害になったことのない私のような人間にとって「苦しんでいる」ということは漠然とわかったとしても、具体的にどれくらいの苦しみなのか、どういう風に接すればいいのか等わからないというのが本音です。

医療側、患者本人、どちらの情報も大切です。でも、そこに圧倒的に不足しているのが

「パニック障害(それに付随する諸症状)を目の当たりにした、周囲の人間の声」

だと気づきました。

第3の立場「パートナー側」として発信したい

このブログ「愛した男がパニック障害」は、パニック障害を発症後に現在も薬の離脱症状で苦しんでいる闘病中の彼「ふーさん」と、それをなんとか支えようと奮闘している私「まーさん」2人で書いています。

私はこれまでの約10年間(2021年現在)、パニック障害のパートナーと過ごしてきたのですが、その期間に一番学んだことが

パニック障害になった人は「安心できる存在」を求めている

でした。

そして、そのことに私が気づくまでおそろしく時間がかかりました。気づくのが遅すぎたせいでパートナーの足を引っ張ったり、自分自身が苦しんだり、寛解まで遠回りをすることになりました(まだ寛解していませんが)。

その負の経験をしたからこそ、おなじような状況で悩んでいる今まさにサポートしている人達に「サポートする人の心構え」というものを少しでもお伝えできたら、と思っています。

「安心できる存在」であること、「見放さない」ということ

安心できる存在って?

パニック障害やうつ病を発症した方は、最初の頃は元気なフリをするかもしれません。

でも、突然やってくるパニック発作や言いしれぬ不安感、自分がどんどんおかしくなっているという恐怖と戦っています。そんなときに「大丈夫だよ」と声をかけてあげる存在がいるかいないかで、病気との付き合い方が変わってくると感じました。

そして、パートナー(家族、恋人、友達、その人を本気で助けたいと思っている人なら誰でも)として安心してもらえる存在になるために必要なのは、パニック障害について勉強して患者に対する理解を深めていくことはもちろんですが、どんなときでも見放さないという強い気持ちです。

精神的、肉体的にすごく不安定になるのがこの病気の特徴です。

でも、一番苦しいのは”病気になった本人”です。

いやいや、周囲だって苦しいよと思う人もいるかもしれません。でも、やっぱりどう考えても本人が一番苦しいはずなんです。

元気だった頃のように毎日を過ごせなくなって、でも頑張りたくっても身体が動かない。気持ちがどんどん落ちてくる。パニック発作を起こしたらどうしようと、外に出ることも怖い。

患者本人は、自分のせいで周りに迷惑をかけているということは自覚しているはずです。

でもどうしようもない苦しみの中で、それこそ必死にもがいています。

だからこそ周りの人が、「どんなに落ち込んでいても、怒っていても、おかしくなっていても、本人の気持ちに寄り添って、できる限りのことをしてあげること」、それが助けになるんだと思います。私はそう信じています。

そのためにも、パニック障害と、薬を減薬断薬したときの離脱症状になったときの本人の気持ちと、周囲のその時の気持ち、その両サイドの思いや訴えを知ることが大切だと思い、このサイトを作ることにしました。

(※減薬、断薬、離脱症状などについては順次詳しくご紹介していきます)

ブログを始めたもうひとつの理由

上記がこのブログを始めた理由のひとつですが、実はもうひとつの理由があります。

それは、

■自分のせいで大切な親友をひとり失った

■そのあと、もうひとりの大切な人を失いかけた

という、2つの自分の後悔してもしきれない経験です。

もう2度と後悔したくない!という思い

ひとつめの後悔。

高校からの親友が20才を過ぎて、結婚、出産、引っ越し、慣れない土地での子育てをしている中、パニック発作を起こしたのをきっかけにパニック障害の診断を受けて、その後約10年間の投薬治療を続けていたのですが、その親友が亡くなりました。自死でした。

聡明でユーモアがあって誰よりもセンスがあって、自分の意見をしっかり持っていて、いろんな人の悩み相談を聞いてアドバイスをくれる、いつも真剣に生きている、厳しさと愛が溢れている人でした。

その親友がパニック障害の治療を続けながら、徐々に普通の生活ができなくなってきている中、最後に頼ってきてくれた時にも私は自分の忙しさを理由に時間を取らずにいました。

そして、それからまもなく彼女は自死を選びました。

もちろん、彼女が死を選んだ本当の理由は彼女にしかわからないことです。

でも、私がもっと彼女と真剣に向き合って、時間を取って、力になっていたら、きっと別の結果になっていたんじゃないか。まだ生きていたかもしれない、という後悔がいまでもずっと心にあります。

パニック障害になった親友Mと私の写真今から約20年前の20歳、居酒屋での一枚。 Mはいつもオシャレで個性的な格好してた。いっつも地味な服を選ぶ私に「もっと明るい色を着なさーい!」と口酸っぱくして言ってたなぁ。この写真の時はこんなにそばにいるのに、今は手の届かないところにいるM。今はMの好きだったカラフルな色のアイテムを選ぶようになったよ。会いたいな。

偶然なのか必然なのか、現パートナー「ふーさん」との出会い

そして、その頃に知り合ったパートナーのふーさん。

きっと何かの縁だと思います。彼も、私の親友と同じ病気「パニック障害」で苦しんでいる人でした。
(※知り合った当初は、彼がパニック障害の闘病中ということはまったく知りませんでした)

その彼も、時間が経つにつれて、パニック症状や服用している薬の影響、家庭環境などで徐々に体調が悪くなってきていました。

そして私は「彼を支えていこう」と決めてサポートに徹する覚悟をしていました。

でも、その後の彼の精神不安定さ(違う記事で詳しく書きます)をそばで見ていて、私自身もどんどんしんどくなってきて、闘病で苦しんでいる彼を捨てて離れました。

そうです。

2人の大切な人を見放したんです。

パニック障害のふーさんと私が出会った頃の写真ふーさんと知り合って間もない頃。ひょんなことからふーさんの仕事のお手伝いをする事に、、、一緒に取り組んだビジネスが当たった!「赤字が黒字になりました祝杯」する私達です(ふーさんは元々大酒飲みで焼酎ロック。今はまったく飲めないですが涙)。あとから知ったのですがこの写真の頃のふーさんは借金まみれだったらしい。ふーさんはいつだって上がったり下がったり忙しい人生です。

中途半端な覚悟が最悪の結果を招く、ということ

私自身の中途半端な優しさ(自己満足のための)で近くに寄り添ったあと、私の覚悟の無さで大切な人が一番苦しいときに逃げました。

その後、ふーさんと紆余曲折ありなんがら、いろんな荒波を乗り越えて(私ではなくふーさんが大変だった)、2人で一緒に生きていくことを選びました。

危うい場面は何度もあったけれど、いま目の前にいてくれています。生きていてくれています。

私の酷い行動を受け入れて(許してもらったとは思っていませんが)、今こうして一緒にいてくれています。

それでも彼の心を身体に深い傷を負わせたのは間違いありません。

人は「パートナーとの関係が悪くなったのはまーさんだけのせいではないよ」と言ってくれるかもしれませんが、そんなことありません。私の覚悟がなかったがゆえに招いた結果だと思っています。

自分の覚悟の無さが人を死まで追い詰めてしまうということ。

自分の棚卸しと、親友の死を通して伝えたいこと

これまで自分がやってきた数々の後悔すること、過ちを書いていくことで、これまでの自分の棚卸しと、同じような人が少しでも減ることを願ってこのブログを書いていくことにしました。

今日、11月20日は私の親友の命日。

親友Mの命日の写真毎年Mの命日にふーさんとお参りに行きます。近況報告とかするんですが、彼女のことだから「あんた相変わらず地味な服着てるね(笑)。いつまでもフラフラせずにやりたいことがんばるんだよ」って笑って背中を押してくれてる気がします。

 

彼女の死がどういう意味だったのか私の中で答えを見つけるためにも、このブログを続けていきたいと思います。

以上が私のブログを立ち上げた理由です。長文読んでくださってありがとうございました。これからこのブログとふーさんまーさん共々、よろしくお願いします。

このブログを読んでくださっている方に、少しでも心穏やかに過ごせる時間が訪れますように。

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ABOUT ME
まーさん
福岡県田舎在住の自由人 ふーくんと猫をこよなく愛し、家業を手伝いながら気ままに生きています。実は私自身が難病患者です。 全国規模のTVに出演経験有りの地元じゃ有名人 胸は無いけどハートはボイン女子

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