親友との想い出

「薬は飲まないで」産後うつとパニック障害になった親友が残した言葉

今日は亡くなった親友の誕生日、生きていたら43歳。
生前、彼女が残した言葉は

「絶対に薬は飲まないで」

でした。

出産後にパニック発作を起こして、パニック障害と産後うつの診断を受けて薬を飲み始めた親友M。日記の最後のページに書かれていた「絶対に薬は飲まないで」という言葉が、私にとっての遺言となりました。

これは、私が「向精神薬は人を助けてくれない」と言い続けている理由のひとつです。

産後うつとパニック障害になった親友

出産後、慣れない育児のストレスや授乳による睡眠不足、偏った食事などで体調不良いわゆる産後うつになる女性はとても多いと聞きます。私の親友Mもそうでした。

美人で頭の回転が早くて、人に優しく、でも好き嫌いがはっきりしていて、決して人に媚びることのなく、いつも誰かに相談される姉御肌のMは、どんな人からも一目置かれるような特別な存在でした。私と真逆で憧れのような存在。

結婚を機に地元を離れて関東に引っ越して、家族や友達がまったくいない見知らぬ土地で妊娠、出産。ご主人が子育てに積極的なタイプじゃなくて、親友Mがほぼひとりで育児をしていました。

もともと完璧主義なMは、”ちゃんとした育児をする”と、離乳食も全部手作りしたり手を抜かず子育てをしていました。(この頃、私が親友Mに会う頻度といえば里帰り出産していた時と、その後たまに帰省する時くらいでした。)

親友Mの里帰り出産の写真

 

それから数年後。

たしか子供が小学校にあがるタイミングだったかな。

結婚生活がうまくいかずに離婚したM。車の運転が決してうまくない彼女が、車にたくさんの家財道具を積んで、助手席に息子を乗せて、何時間も何時間もひとりで運転して地元に戻ってきました。

何年経っても相変わらず下手な運転の親友M。免許取ったばかりの頃も、車のバックが全然できなくて何度も運転を代わってたな。

もともと小柄で痩せてて、オシャレが好きでスタイリストの仕事もしていたくらいセンスも良く、とにかく才能の塊しかなかった彼女が、昔の姿からは想像もできないくらいにむくんだような身体になっていて、明らかに以前の彼女とは違う雰囲気になっていました。

あとあと聞いてみると、出産後にうつ状態になり、パニック発作を起こしたらしく、心療内科を受診し「パニック障害とうつ病」の診断を受けたそうです。おそらくその頃から薬を飲み始めていたので、地元に戻ってきたときには向精神薬を飲み始めてすでに数年は経っていたでしょう。

はじめから別人のようになったわけではなく、時間の経過とともに、徐々に徐々に普通の生活ができなくなってきたM。その間、うつ病やパニック障害の症状に苦しみながら、病院に通い続けながら、薬も飲みながら。

パニック障害だった親友Mとの話①はじめに産後うつからパニック障害を発症して、大量の向精神薬を処方され続け、一気断薬後に自ら命を絶った親友M。私からMへの手紙のようなブログです。...

一日30錠以上の向精神薬を飲むこと

離婚して地元に戻ってきてからも、病状が良くなることはなくて、むしろどんどん悪化していっていました。眠れない、落ち着かない、怒りっぽくなる、体重が増える、、、、

Mの家に遊びに行った時、テーブルの上にはパンパンに詰まった大きな薬袋が置いてありました。

多いときには1日に30錠以上の薬が処方されていて、薬を飲むだけでお腹いっぱいになるような状態。明らかに多剤処方。

当時の私はメンタル疾患についての知識はほぼ無く、「えー、そんなに薬を飲んで大丈夫なのかな」程度にしか思わず、無理しながら薬を飲んでいるMの姿をただ見ているだけでした。

薬の副作用で無気力になり、時には手がつけられないくらい怒りっぽくなったり、思うように動けなり、人とコミュニケーションがうまくできなくなったり。そのうちに自暴自棄になりOD(※オーバードーズ)を繰り返していました。

※OD(オーバードーズ)とは:薬や麻薬を過剰摂取すること。 過剰摂取によって病気になったり障害が残ったりすること。 また、致死量までの大量摂取のこと。

医療に対する不信感

ある日、ODしてしまって家族が発見して救急車で運ばれたときの話です。

私も連絡をもらって急いで病院にかけつけた時、Mは胃洗浄を受けて意識が戻っていました。そしてフラフラな状態で「もう帰る。病院は嫌だ。点滴をはずしてっ。」とベッドから降りようとして、その場にいた救急担当医から「死んでもいいんですか?知りませんよ」と言われていました。

絶対に帰るというMの剣幕に押されて、家族と一緒に抱きかかえるように車に乗せて家に帰りました。苦しそうに横になるM。心配そうに、だけどどこかもう慣れたことのように近くでそれを見ている息子。

どうしてここまで病院を嫌がるのか。それは、それまでにも家族から何度も強制入院をさせられたことが原因でした。精神病院から抜け出したあと、Mはこう言っていました。

「あそこにいたら、自分が本当に精神異常になってしまう。」

精神病棟で薬漬けになって人間らしさを失っている周囲の入院患者を見て、あぁ、このままここにいたら自分もこうやって廃人のようになってしまうんだ。と恐怖しかなかったそうです。

だから、救急車で運ばれたときも一刻も早く病院から帰りたいと思ったのも当然のことでした。

精神病院に入院して助かった!という声も一部ありますが、それは退院できたからです。多くの人たちは、長期入院になったり、人によっては何十年も入院して、そこで一生を終えたりすることも珍しくないと聞きます。

私も精神病棟の建物に入ったことがありますが、たしかにそこにいる患者さんたちは覇気がなく、薬でコントロールされているせいか椅子に座ってジッしていたり、フラフラとあるきまわっていたり、まるで別世界のような光景が広がっていました。

まともな病院もあるでしょうけど、人として扱ってもらえない非人道的な病院があるのも事実です。薬を飲ませたり、拘束したり閉じ込めたりされていて「人権ってどこにあるんだろう」と感じました。こんなのは本当の治療ではないです。

彼女が付けられていた精神疾患の病名

そもそも、産後うつとパニック発作を起こしたMは「うつ病」と「パニック障害」だけだったはずなんです。なのに、それからもどんどんと病名が増えていきました。

産後うつ、パニック障害、病院境界型パーソナリティ障害、統合失調症、双極性障害、てんかん、神経症、解離性人格障害、不眠症、、、

今振り返ってみると、病気が増えていったんじゃなくて「病名」が増えていってただけに思います。普通に考えて、一人の人間がこんなに病気になるとは到底考えられない。

でも、お医者さんが「あなたは○○です」と診断を付けたら、その途端に病気認定されてしまいます。そして自分が病気だと落ち込んで、言われるがまま、出されるがままの薬を飲んで、体調が悪くなったら別の薬に変わったり薬が増えたり、また病名が増えていく。

どんどん病気やお薬から抜け出せないスパイラルに落ちていく構図です。

鬱っぽさやパニック発作が起きているのは本当だとしても、それから薬を飲んで体調が悪くなったのならば、悪化した原因の大半は「薬のせい」と言えると思います。もともとの疾患の悪化なのか、薬の副作用なのか、はたまた新しい病状なのかわからないはずなのに、「あなたの病状が悪化したんです」と断言されてしまうのが精神疾患の恐ろしいところです。

DSM5マニュアル本の写真

〜精神科・心療内科・メンタルクリニックのお医者さんへ〜

眠れないから、眠くなるお薬。
イライラするから、気持ちを落ち着かせるお薬。
気持ちが落ち込むから、明るくなれるお薬。

そんな、薬なんかで人の気持ちを都合よく上げたり下げたり安定させたりできるはずがないのに、どうして薬を「なんでも治してくれる万能なもの」と思ってしまうのか。

いったい何人の精神科や心療内科の医師が、自分の処方が悪かったのではと思ってくれるんだろう。悩んでくれるんだろう。DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)通りに診断しとけば、それが正しいと思い込んでるんでしょうか。

人間の心や身体の問題が、そんなマニュアルひとつで簡単に診断できるわけない。分類できるわけない。

医療としては正しい行為かもしれません。

私は人としてお尋ねしたい。日本の精神医療は、果たして人道的に正しい医療処置だと思いますか?ドクターの皆さんは薬学を学んでいますか?あなたの家族におなじような薬を処方できますか?ドクターの皆様の良心に私は問いたいです。

薬は絶対に飲まないで

日本の腐った医療(とくに精神医療)について言いたいことは山程あるけど、いくら文句を言ってもすぐには変わらないのもわかっている。

だからこそ、患者や家族が「自分の身を守るための知識」をつけることが大切なのだと思います。対象療法よりも原因を解決することの大切さを知ってほしいです。

私の親友は、産後うつとパニック障害の診断を受けたあと、大量の向精神薬を処方されて、薬の怖さに気づいたあとに、薬を飲むのが怖くなって一気断薬をしました。そしてみんなにごめんねと言いながらこの世を去りました。

※仮に薬が安全なものだとしても、患者(親友M)に服用する恐怖を与えてしまったという事実がある以上、医師として説明不足です。医療行為として間違っていたと思います。

私は馬鹿だったと今でもずっと反省しています。
あんなに薬を大量に飲んでたら絶対に身体がボロボロになるはずなのに、当時の私はそれをただ眺めていただけでした。

もしあの時に戻れるのなら、あらゆる知識を使って、大量処方をしていた病院を変えて、ゆっくりゆっくり減薬させて、仕事もやめさせて、ウチに一緒に連れて帰って、しっかり療養させてあげるのにそれはもうできない。

だからこそ、親友Mが最後に残した

「絶対に薬は飲まないで」

という遺言を、いま同じように苦しんでいる人や、これから出産する人、若い女性の人達に知ってもらいたいと思って今回この記事を書きました。

「薬は絶対に飲まないで」という言葉は、日記を読んだ遺族にだけじゃなく、彼女が昔の自分に対してのメッセージだと思います。

親友Mの最期の言葉は、私がこれから伝えていく言葉。

助けてくれるのは薬じゃなく知識

多剤の写真

多剤だからだめで、単剤だったら大丈夫とかではありません。
多剤でも一錠でも同じです。
脳に作用する薬は、ほんの少量でも身体に取り込むと脳に影響を与えてしまいます。

Mの場合も、最初の頃は(医者いわく)軽い睡眠薬や優しい精神安定剤だけだったのに、いつの間にかどんどん薬が増えていって、いつしか取り返しのつかない状態になっていました。

不安になったときに助けてくれるのは薬ではありません。

助けてくれる方法はもっと他にあります。

参考になるのは、医療系のキレイなサイトに書いてある情報ではないです。

本当に参考になるのは、実際に薬を飲んで苦しんでいる人が書かれているブログです。お薬を処方する側の情報ではなく、飲んでいる人達が発信しているリアルな声をたくさん読んでください。

僕が薬を辞めようと思った理由いつまで薬を飲めば良いのか メンタルヘルスの方の多くは、この疑問にぶつかった事があるのでは無いでしょうか? 風邪であれば2〜3日処方...

アメブロとかTwitterとかで #断薬 検索したらたくさんヒットします。先輩たちがどういう経緯をたどって、どういう結果になっているかを知るところからです。

「うつになったら病院に行きましょう」という宣伝を鵜呑みにせず、がんばって調べてください。大切だから何度も言います。

自分の身を守るのは自分だけです。
生きましょう。

親友Mの遺言どんな気持ちでこれを書いてたんだろう。高校時代から変わらない字で書かれた言葉。最後まで息子のことを想いながら、子供の成長を見届けることなく残していくことはどれだけ辛くて怖かっただろう。

いま薬を飲んでいる人がこういったブログを読むと「薬が怖い。早く飲むのをやめたい!」と思って、知識がないまま、バックアップしてくれる環境も整っていない中、一気断薬をして取り返しのつかないことになります。

これまでに、同じように怖くなって焦って断薬をして後悔している人がたくさんいることを忘れないでください。私のパートナーふーさんも、一気断薬してそのあととんでもなく苦しむことになりました。

一気断薬はやめましょう。多剤ならなおさらです。

減薬断薬に関しては「自分だけは大丈夫」はないと思ってください。ほとんどの人が無計画な減薬や断薬で体調を崩しています。

絶対に無茶な減薬や断薬はしないでください。

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ABOUT ME
まーさん
福岡県田舎在住の自由人 ふーくんと猫をこよなく愛し、家業を手伝いながら気ままに生きています。実は私自身が難病患者です。 全国規模のTVに出演経験有りの地元じゃ有名人 胸は無いけどハートはボイン女子

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